November 08, 2009

自分を追い込んでみよう③

午前6時に起床、午前7時に宿を出る。途中、コンビニに
寄って朝食を調達した。天気もいい。ツインリンクもてぎ
までのいつもの道のりは、スーパーGT開催ということも
あるのか、某所で極度に渋滞。先が思いやられた。前の
クルマが数台、横道へ逸れて、地方住民の生活道路へ。
ま、そこまで急ぐ旅でもないし、生活道路まで荒らすのは
マナー違反だと思うので、自分は渋滞の中で静かに待つ。
午前8時前にはメディアセンターに到着。早速、開店準備。
インタビュー対象は残り2名だが、ひとりはスーパーGTで
絶大な人気を誇るというW選手。しかるべき手順を踏んで、
アポありでインタビューする案も考えたが、偶然、W選手と
前日にインタビューしたO選手が一緒の場面に遭遇した。
そこへ割り込んで、W選手にインタビューをアポなしで突撃、
彼は快く受けてくれた。「GTに来るなんて、久しぶりじゃあ
ないですか?」と、彼はニヤリと笑う。こちらを憶えてくれて
いた様子だ。たしかに、W選手はFニッポンを離れてしばらく
経つし、僕はなかなか彼に会う機会もなかったし。こういう
ふうに気を遣うそぶりを見せるドライバーは、あまりいない。
久しぶりにもかかわらず、彼は完全にこちらへ心を開いて
セッション間際まで一方的に話してくれた。心配になった
チーム関係者が、あまりの長話に彼を迎えに来る始末。
W選手がファンに人気があることも、よく分かった。だって、
彼は寸暇を惜しむようにファンサービスに尽力していたし、
僕の取材途中にサインを求めに来た子供たちにも笑顔で
対応していた。取材内容とともに、あらためて彼の仕事の
様子には感服(のちに彼は王座に就くことになるのだが、
コース内でもコース外でも、W選手はその地位に相応しい
と思った)。このアポなし取材が終わり、あとはもうひとり。
T社のH氏もうまく捕獲できて、SチームのK氏のところで
取材させてもらった。これで、決勝は観ないで帰ろうかと
思っていたら、I社のF氏より新しい仕事の打診を受ける。
もう、いっぱいいっぱいだけれど、内容を確認して請けた。
それで、新たな取材が必要不可欠との結論に至ったので、
追加で数名のインタビュー。まずはNチームのT氏を捕獲、
アポなしでインタビューを済ませる。さらには、F氏に段取り
をしてもらってGT500ドライバーのH選手にインタビュー。
続いて、F3のY選手へやはりアポなしでインタビュー敢行。
結局、最短10分間、最長30分間のインタビューを2日間で
10本こなして終了。スーパーGT決勝は、50数周レースの
13周目にメディアセンターを脱出して、帰宅の途についた。
東北自動車道路は1000円高速の悪影響で、というよりも
慣れないドライバーのせいで混雑していたが、なんとか
無事に帰宅。でもね、高速道路の無料はやっぱり止めた
ほうがいいと思うし、1000円高速も早く止めてもらいたい。
それよりも、ここまで仕事を大量に請けた自分が心配だ。

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自分を追い込んでみよう②

週末はツインリンクもてぎで開催されるスーパーGTの
最終戦へ、急遽、泊まりがけで出掛けることになった。
2部屋の宿の確保がまずは困難を極め、A氏のぶんは
木曜日になんとか確保。自分のぶんは当日の未明に
なんとか確保した。A氏を拾うため、その未明には車で
都内へ出た。途中、格安で有名なガソリンスタンドにて
給油&脱糞。ツインリンクもてぎへの往路は、時刻が
早いこともあって、1000円高速の影響も微々たるもの。
午前7時過ぎには現地へ着いた。メディアセンターでは、
早速、開店準備。じつはスーパーGTへ行くのは今季
3回目。Fニッポンを主な取材対象としている私にしては、
なかなかの出席率だ。ただ、これまでの2回は滞在が
数時間という速攻だったけれど、今回はいちおう2日間。
開店準備を済ませたら、パドックへふらーりと出掛けて、
取材対象であるドライバー陣、I選手とO選手のコンビを
アポなしで捕獲し、インタビューを済ませた。幸先いい。
じつはスーパーGTで、とくにGT500クラスのドライバーは
もちろん関係者をいきなりその場で捕まえるのは難しい
というレクチャーをスーパーGTの常連取材者より受けて
いたので、かなり重圧を感じていた。ところが、意外にも
簡単じゃないかよ? とその時点では思ったのである。
さらに、H選手もアポなしで捕獲してじっくりインタビュー。
モノゴトは順調に進む。次は、N監督とS監督も捕獲し、
やはりアポなしのインタビュー。これはこれは順調です。
結局、この日は突撃取材で5名のインタビューに成功。
夕刻、A氏とともに水戸市内の宿へ。荷物を片づけたら、
A氏やO氏と、O氏お薦めの居酒屋へ。店で支度したと
いう〆サバが美味しかった。途中でM氏も合流し、4人で
かなり痛飲した。午後10時にお開きとするが、A氏だけは
先日、2010シーズンでのF1撤退を発表したB社の面々に
誘われて別の店へ。私を含むほか3名はおとなしく宿へ
帰った。明日も早めの支度と取材で、早く自宅へ戻ろう。

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自分を追い込んでみよう①

二日連続で都内へ出る。今回は、先日H社で取材した
M選手に別の企画記事へ登場してもらうという趣向だ。
出版社の会議室には定刻どおりに着ける予定だったが、
地下鉄の駅の構造がいまだに慣れない田舎者なので、
目的地に遠い場所から地上へ出ることになっちゃった。
先日に続いて遅れてしまって、M選手に申し訳なかった。
録画映像を2時間ほど一緒に観て、その内容を解説して
もらうといういつものモノは、いろいろとためになる発言を
もらえた。あとは、それをうまく記事で表現できるかだな。
取材終了後、編集者のM氏と新しい仕事の打ち合わせ。
それにしても、この仕事の溜まりっぷりで、果たして消化
しきれるのかしらね? まあ、なるようしかならないよな。
この日も、ラッシュに巻き込まれないようさっさと帰宅。
電車に乗るのは、東京へ出るのは、やっぱり疲れます。

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November 05, 2009

ごくフツーの一日

ゆったりと起床。NHK BS1でMLBワールドシリーズを
眺める。NYYが王座に王手をかけた試合、松井秀喜が
大活躍。6打点をたたき出したところでテレビを消して、
都内へ取材に出掛ける。ブリヂストンやトヨタのF1撤退
というニュースにかき消されてしまった感のある話題で
あるものの、自動車競争に関わる記者には見逃せない
コトなので、前向きに取材する。まあ、こうした話題にも
興味を持つ読者がいるのかどうか不安ではあるけれど。
取材自体は淡々と進み、またいろいろと勉強になった。
で、帰宅ラッシュに巻き込まれないうちに都内中心部を
脱出し、都内郊外にある喫茶店で文庫本を読みながら、
ひと休みする余裕も持てた。夕刻には帰宅し、前日に
仕入れてあった食材を使い夕飯の準備。掃除をはじめ、
モロモロの家事をこなして女房の帰宅を待つ。で、夕食。
夕食後には、今週末に取材へ行くことになった某所に
近い宿を探す。ところが、まったく思うようには進まない。
悩んでいるうちに宿がなくなることもあったし、ネットでの
予約は本当に時間勝負なんだと実感した。とりあえず、
1部屋だけは確保できたけれど、もう1部屋はどうだか?
まあ、深刻に考えても仕方がないことなんですけれどね。

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ジャーナリズムってなんだ? ④

私がJMSやJMS会員に対し、極度の不信感を覚えた
出来事というのは、私がJMSのB会員として数年が
経ったころだったと記憶しています。年1回の総会に
出席し、そこでは毎年恒例の役員の改選も行われる
ことになっていたのですが、なぜかそこで私が役員
候補に挙げられたのです。といっても、厳格なものでは
なく、どちらかというと小学校や中学校の学級委員を
決めるような雰囲気で、これは以前からなんかおかしい
と思っていましたが、新参者ですし当事者でもなかった
私は見て見ぬふりをしていました。ところがその年は、
理事だったかなにかの候補になって、投票の結果、
僕が当選してしまったわけです。なんなんだこれは?

僕は、僕の隣の席に座っていた、JMS入会にあたって
推薦していただいたA会員のA氏に尋ねました。「この
場にいる人、現在のJMS役員連中だけでなくJMS会員、
それに僕に投票した連中は、僕がB会員であることを
知っているのでしょうかね? だって、理事とか役員に
なるにはA会員でないといけないんでしょう? B会員に
その権利がないことは、規約で書かれていますよね。
たぶん、ここにいるJMS会員は規約を読んだこともない
のでしょう? いい加減な連中じゃないですかね?」と。
A氏は言いました。「それ、ちゃんと言ったほうがいい」。
私は場の雰囲気を壊すように、「規約では、B会員には
権利がないとうたわれていますけど。僕がB会員である
ことは、名簿からも明白じゃないですか」と発言しました。

一瞬にして場は静まり返り、役員連中は規約をめくり、
結果的に投票はやり直しになり、とうぜん私は役員には
選出されないことになりました。「小学校や中学校の
学級委員を決めるような感じで、コイツらはJMSの役員を
決めようとしていたんだ、やっぱり。信用ならないな」と
僕は思い、それでJMS脱会を決意したというわけです。

直後だったか、その1年後だったかは記憶が定かでは
ありませんが、私はJMSに脱退届を提出し、結果的に
受理されました。また、あの総会での出来事が引き金に
なったのかどうが知りませんが、A氏もJMSを離れました。
もっとも、A氏の場合、JMS批判をある印刷媒体に書き、
脱退届けは受理されず、除名になってしまいましたが。

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November 04, 2009

ジャーナリズムってなんだ? ③

前回では、私が日本モータースポーツ記者会(JMS)へ
入会したところまでを書きました。もちろん、JMSなどと
言っても、単なる狭い社会の一集団に過ぎませんから、
入会したからといって生活が激変するわけはありません。
見ず知らずの出版社から原稿執筆を依頼されることも、
あるいは金融商品を買わないかという怪しげな会社から
電話をもらうこともありませんでした。ということで私は、
新参のJMS会員として、諸先輩のJMS会員を観察する、
あるいはそうした方々にお話しをうかがうことにしました。

静かに情報収集を行っていたわけです。予想どおり、
私が念願のJMS会員になっても、生活や仕事が変わる
わけでもないことが分かりました。そうして迎えたJMS
総会であります。諸先輩方がいろいろな討議をされて
いたわけですが、その後、2年ほど経ってもJMSが何を
したいのか、新参の私にはまるっきり理解不能でした。
唯一、分かったことは、各サーキット/オーガナイザーに
これまでは別個で申請していた取材パスを、JMS会員
ならどのサーキット/オーガナイザーでも通用する統一
取材パスを取得できるようにしようという目論見でした。
後に実現する、日本自動車連盟お墨付きのJAFパスです。

歴史を振り返るとこれは70年代の富士F1取材に遡り、
もし富士F1の取材パスの数が限定された場合、日本の
自動車競争取材者の中で誰にこの歴史的なイベントを
取材する権利を優先的に持たせるかを決めるようなもの
だったようです。しかし、僕がJMSに入会した当時には、
鈴鹿ではすでに別の取材申請の形でF1が開催されて
いましたけれど。もちろん、統一取材パスが実現すれば、
取材申請するこちらは手間が省けて非常に嬉しいですし、
それなりの身分証明にもなるので、こうした案には私も
賛成でした。ただ、それ以外のJMS総会での議題はと
いうと、JMSアワードという、当該年に活躍した自動車
競争関係者を称えようということだけで、ほかには何が
あったのか思い出すことさえ、いまでは不可能なのです。
せっかく、年会費で1万円、共済費(保険料)で1万円を
B会員として払っているのに(A会員の年会費はもっと
高かったはずです)、よくわからない集団だと思いました。

そうして数年後、個人的にはJMSというかJMS会員に
対し、私が極度の不信感を覚える出来事が起こります。

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トヨタF1撤退ですね

トヨタがF1撤退を決断したようですね。2010シーズンだけは
継続できるように一部関係者は動いていたようですけれど、
2012シーズンまでの継続も危ういわけだから、中途半端な
ことはせず、ここで撤退を決断したほうが傷は浅くて済むと
いうことでしょう。まあ、BMWのようにコンコルド協定の締結
前に撤退を発表したほうがさらに傷は浅かったわけですが、
やっぱりTMGとしてはF1継続を願っていたわけで、そこまで
振り返ってどうのこうのとは言っても仕方ないのでしょうね。
個人的には、F1撤退もそれはそれで悲しくて大きなニュース
ではありますが、TDPの将来のほうも気になるところです。
さて、トヨタはどうやって後始末をつけてくれるのでしょうか?

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October 30, 2009

パンツ丸見え

チマチマと夜中まで落ち穂拾いをしていたこともあって、
翌日は少し遅く起床。早寝早起きが習慣になっていた
というのに、これはよくありません。NHK BS1でMLBの
ワールドシリーズ第2戦を横目に見つつ、家事をこなす。
昼過ぎに総合病院へ。数人の順番待ちを覚悟していた
けれど、いきなり名前を呼ばれて診察室へ。いよいよ
最後の抜糸。1本だけ糸がなかなか切れなかったようで、
肉まで切られて痛かった。手術痕が残りますと医師に
伝えられたが、嫁入り前の娘でもないので気にしない。
それよりもパンツ丸見えの状態で、看護婦さんにその
様子を見られているほうが、よっぽど気になったくらい。
女房にも、こんな姿はあまり見せない(?)というのに。
病院からの帰り、自宅近くのドラッグストアに立ち寄った。
帰宅後もせっせと家事を済ませ、落ち穂拾いもしてみる。

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October 29, 2009

ジャーナリズムってなんだ? ②

第二弾では、もしかするとジャーナリスト(私は不本意
ですが)としてひと括りにされている、私の仕事内容を
世間の皆さまに広く知っていただき、この手の人種の
正体をなんとなくでも理解していただくことにしましょう。
最初に場面設定をするのは、あるレースの週末です。

とうぜんのことですが、取材許可証がなければ仕事は
始まりません。幸いなことに、私は約20年前に自動車
競争の専門雑誌から経歴を始めたこともあり、最初の
取材許可証取得は簡単なものでした。媒体があるって
素晴らしい。ただ、年に1回しか訪れないような場所は、
つまりスポーツランドSUGOやオートポリスのことですが、
通年の取材許可証の発給を受けているわけでもなく、
そのたびの暫定の取材許可証の発給を依頼しています。

最初から無所属の記者として活動するには、どうしても
媒体の後ろ盾や許可や支援を得なければ始まりませんが、
じつはいくら編集・記者としての経歴を重ねても、やはり
取材許可証を発給するオーガナイザー(サーキット)は、
いまだに媒体の発行責任者の一筆を添えろと、無所属の
私に強要します。無所属は人間じゃないのでしょうね。

もっとも、日本モータースポーツ記者会(JMS)に所属して
いると、こうした面倒な手続きはかなり軽減されるようです。
じつは私も、経歴の初期にはJMSに所属していました。
当時はA会員、B会員と分かれていて、A会員2名の推薦が
あれば、新規にB会員として入会を認められる可能性が
あったのです。私は媒体の編集者であり、さらに強力な
A会員2名の推薦もあったので、無事にB会員になれました。
当時はJMSに所属していると何かいいことがあるのかなあ
と思って入会したわけで、ワクワクしてその時を待ちました。

なんか、いきなり話がズレまくっていますが、このあたりも
掲題の話に関わることなので、もう少しお付き合いください。

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ジャーナリズムってなんだ? ①

RyoGAM氏のブログに私の名が出てきたので発言します。
どうでもいいことですけれど、氏のブログに掲載されていた、
「ジャーナリストとしての義に則り、是は是、非は非として
メディアの力を振りかざしていたら、業界は潰れてしまう」
というような主張は、もともとは大串さんがされていたと、
私は記憶していますし、私も少なからず大串さんの意見に
なんとなく頷きます。では、私はジャーナリストでしょうか?

私には、世間で言うジャーナリストやジャーナリズムという
言葉の定義がよく分からないので、無暗には使いません。
そのように自分の身分を名乗ったこともありません。ただ、
そうした肩書きを勝手に雑誌の編集者につけられたことは
なくもないですね。ちなみに名刺には編集・記者と書いて
ありますが、これも仕方なく書いているだけで、実際には
活字媒体を舞台とする売文者、編集者となるのでしょう。
ともかく肩書きがないと、取材相手といいますか、世間は
身分不詳の人間を安心して受け入れてくれませんから。
まあ売文者を、単に物書きとしてもいいかもしれませんね。

具体的な仕事となると、約8割が自主的に、約2割がおもに
出版社の依頼を受けて自動車競争関係の取材地(おもに
サーキット)へ出掛けて、そこで行われている競技を見たり、
競技者や関係者に話を聞いて記事の企画を提案したり、
あるいは依頼された内容での記事を売りつけたりします。
経費は? いまではほとんど出ません。原稿料に含まれる、
あるいは複数の仕事をもらって(あるいはそれが前提で)、
なんとか糊口をしのいでいるという具合です。だから、取材
単体で見たら完全に赤字ということもあります。これこそ、
無所属の編集・記者の苦しい実情ですが、そのぶん自由が
あるので大声で不平や文句を言えるものではありません。

長くなりそうなので第一弾はここまで。というよりもこの先は
取りとめもなく話が進むと思うんでそこんところ、よろしく。

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«都内で立て続けに仕事