久しぶりに未明まで仕事
9月26日
朝から原稿執筆。並行して編集作業。さらに、
並行して家事全般。新規+定例の原稿執筆
依頼があるが、締切りが先なので気はラクだ。
シンガポールよりメールが飛んでくる。対応は
手元が少し片付いてからになってしまいそう。
編集・校正作業が少し長引くも、その合間には
落穂拾いなどをしながらなんとか未明に終了。
9月26日
朝から原稿執筆。並行して編集作業。さらに、
並行して家事全般。新規+定例の原稿執筆
依頼があるが、締切りが先なので気はラクだ。
シンガポールよりメールが飛んでくる。対応は
手元が少し片付いてからになってしまいそう。
編集・校正作業が少し長引くも、その合間には
落穂拾いなどをしながらなんとか未明に終了。
9月24日
満タンになったICレコーダーの文字化に専念する。
区切りのいいところでその文字化した言葉をもとに
短い原稿を作成してメールにて納品。素人写真も
添えておきました。でも、文字化作業はまだ残る。
某所の某氏より電話を受ける。間接的な仕事は
あったが今度は直接。お鉢が回ってきたのかなあ?
首を傾げながら内容を聞く。ともかく納品は先だし、
さほどの分量でもないので受ける。編集作業少し。
別の原稿書きにも手をつけるが中途半端で断念。
9月25日
中途半端に終わっていた原稿を一気に書き上げた。
別の編集作業も徐々に進める。並行して家事も。
9月23日
世間はとっくに秋の彼岸の墓参りを済ませ、
この日に行けば墓地も空いているのかなあと
思っていたらそれなりににぎわっていました。
生花をあげて線香をあげて、墓石も少しだけ
きれいにしてナムー。昨日までの取材疲れが
残っていてなーんもする気が起こらず。自宅に
戻っても荷物の片付けなどだけで一日終了。
原稿納品をお待ちの方、今日だけ休ませて!
といった感じで、早めに床にバタンキュー。
9月22日
Fニッポン最終戦の翌日、山の中のサーキットで
「ドライバーオーディション」という催しがありました。
F3ドライバーが乗るとかいうので居残りましたよ。
午前8時にH系のドライバー(なんか変な表現)の
写真撮影があったので早起きです。朝食付きの
ホテルでしたがぶっちぎって来ました。腹ペコです。
雨の中でもチョイ濡れの中でも、みんなFN06は
初乗りのはずなのに全員がちゃんと乗れちゃう。
スンバラシイことであります。とにかく全8名から
セッションごとにコメントをもらい、チーム監督や
居残った現役Fニッポンドライバーなどからも話を
聞いて、昨日までのイベントの成果と合わせて
私のICレコーダーは満タンになってしまいました。
時間が空いたときに少しでも音声を文字化しました。
でも、焼け石に水とはこのことでしょうか? 日が
落ちてからの午後7時にようやくひと段落。とっとと
帰り仕度をして東北道を南進。明日の墓参りの
ために自宅ではなく実家に向かいます。途中で
ここ何日か食べていなかったジャンクフードを買い、
ビールとウイスキーで流し込んでバタンキュー。

8名の若武者が勢揃いしました。時期的に
海外からの参加がなかったのは残念です
9月21日
昨晩は早めに床に就いたので、午前8時出発
という予定には余裕で間に合いました。朝食は
仕入れていたのでコンビニエンスストアに寄る
こともなく山の中のサーキットへ向かう。本日は
昨日よりも忙しくないので、誰も興味を示さない
情報を漁ることと細かな情報の確認に専念する。
とかなんとか言っているとやっぱり3つの取材が
あってそれほど余裕があるわけでもないんだな。
Fニッポンのレースは非常に理解が難しい展開
となっていた。昨年だったか一昨年だったかの
レース展開と同じ。テレビは無論、現場で観ても、
非常に分かりにくく面白くないものと受け止め
られても仕方ない一戦となってしまったわけだ。
玄人が面白いと思っても、僕のような素人には
どうしても刺激の足りないレースになってしまう。
たぶん、ファンも同じ印象を受けたのではないか?
とっとと仕事を片付け、それでもそれなりの時刻
まで仕事をして仙台に戻る。O氏を仙台駅に送り
届けて僕は昨日とは別のホテルに投宿。んで、
国分町へ行って侘しくラーメンを食べてコンビニ
エンスストアに寄って食料を仕入れてホテルへ。
明日、山の中のサーキットで若手が暴れるという
ことでその取材が待っているからである。んで、
翌朝は午前8時にはピットガレージで写真撮影が
あるのでこの日も早めに就寝。なんか疲れたよ。
誰も興味のないことに一所懸命になることに、さ。
9月20日
携帯電話の目覚まし時計を2段階で掛けていたが、
2回とも反応しながら起床はできず。慌てて起きたら
出発の30分前。前夜の就寝前にあらかじめ仕度を
整えていたからよかったものの、久しぶりに寝坊で
迷惑を掛けるところだった。予定時刻の少し過ぎに
ホテルの1階でO氏と会い、山の中のサーキットへ。
途中、ホテル近くのコンビニエンスストアで食料を
調達する。おにぎりなどが置いてあるラックには、
なんと「ボンカレーおにぎり」が鎮座ましましていた。
はたして具はどうやって入れているのでしょうか?
食べた方の感想もうかがいたいところであります。
それはともかく、サーキットのメディアセンターでは、
朝から晩まで仕事漬けで休む暇もない(少し嘘)。
今回は3つなのでラップチャートをつけるのも疲れる。
Fニッポンの予選はしまらない終わり方になったが、
そういう競技規則のもとでやってきたわけだから、
いまさらブツブツ言うのはちょっと違うと思うけれど。
とかなんとか、区切りのいいところで店じまいして、
O氏とともに仙台へ。それぞれのホテルに帰って、
再び合流してから国分町の牛タン屋さんへ。焼きを
2人で3人前食べて、今夜は軽く呑むだけで、最後、
〆に牛タンカレーを食す。お腹はいっぱいでした。
午後10時半すぎ、早めに床に就いて明日に備える。
9月19日
前夜は午後10時過ぎには床に就いたものの、
家族がコソコソやっていたりしたのでなかなか
眠りにつけず。結局、午前2時過ぎにあきらめて
出発の用意をすることにした。風呂でシャワーを
浴びて最終的な仕度を整えて、午前3時過ぎに
自宅を出た。途中、コンビニエンスストアに寄り、
お金を下ろし買い物を済ませ、東北道を北進。
コンクリート片の投げ込み事件のあった場所を
通過。灯りがなくて暗い橋の上には、赤色灯を
点けた覆面パトカーが止まっていました。他に
暗い場所もあったので気をつけて走ってみた。
出発時刻が少し早かったので、ゆっくりと走る。
途中で再び買い物をして、それでも菅生には
早く着きすぎた。と思ったら先輩同業者がもう
到着して受付を待っていました。受付の人間も
早めに来てくれたので難なくメディアセンターに
入って席を確保する。んで仕事の用意。そうこう
しているうちに走行が始まったのでウォッチング。
メモを書き書き、モニターを横目でチラチラなど。
早速、現場仕事に取り掛かり、原稿を執筆して
納品。さらに残っていた宿題の取材と原稿書きを
済ませてこちらも納品。夕方には先輩同業者の
O氏と一緒に仙台市内で別々のホテルに投宿。
荷物を置いたら国分町のしゃぶしゃぶ、すき焼き、
鉄板焼きを出している店へ。高級なお肉のしゃぶ
しゃぶをいただき、しかもご馳走になってしまった。
満腹であります。着物を装った若いお姉さんの
接客には感動しました。キャバクラに勤めていても
不思議じゃない年齢でしたけれど、躾がちゃんと
していました。でも、手洗いの手水鉢や朝顔には
氷が注ぎ込まれていて、キャバクラちっくでしたな。
アレ、誰が何の目的で誰が始めた風習でした?
その昔に聞いたことがあるんだけれど、忘れた。
その後、国分町界隈にある2軒のソープランドに
挟まれたショットバーに行く。ナッツのおつまみを
炙ってサーブしているところなどが細かい気遣い。
仙台に来るといつも一度は足を運ぶ店ですけれど、
いい店であります。まあ、お値段はそれなりに高い。
日本のモータースポーツ発展を願う談義を2時間も
してからホテルに帰った。ちょっと飲みすぎたかな。
9月18日
健忘症につき、何をしていたか本当に記憶がない。
取材出発前日なのでその仕度はしていたけれど。
それで未明までほとんど眠れずにいたことだけは
憶えているのだけれど。少しはPCをいじったかな。
9月13-14日
家事と落穂拾いの二日間。原稿書きはお休み。
TRMでは興味深い自動車競走があったらしい。
9月15-17日
家事と仕事。週末に菅生で開催されるFニッポン
第8戦に向けてのリハビリを兼ねて、原稿書きを
復活させる。長短の何本かを納品。落穂拾いと
雑用もモロモロ。宿や足の手配なども進める。
9月4日
疲れた。身体と脳味噌を休めただけの一日でした。
まったく収入のない一日でございました。大丈夫か?
9月5日
先週末の取材の後処理。音声データの文字化とか、
資料の整理とか、あんなことやこんなこととか……。
まったく収入のない一日でございました。大丈夫か?
9月6日
終日、原稿書き。あっちの編集部にはレースレポート、
こっちの編集部にはいつもの連載記事を書いて納品。
ようやくファストフードの店で3日間働いただけの収入を
得られたかも知れません。あ、経費を考えると赤字だ。
9月7日
終日、原稿書き。こっちの編集部に企画記事を2本、
納品しただけでおしまい。ファストフードの店で4日間
働いただけの収入を得られたかもしれません。経費は
あとで請求できるし。この経費というヤツ、なかなか
最近は出ないので困ります。日当? あるわけない。
9月3日
早朝、NHKのラジオ体操が始まる時刻に起床。
身支度を整え、朝食を摂り、鈴鹿サーキットへ。
早い時間から集合写真やなんだかんだを撮影、
さらには中嶋悟校長にインタビュー。走行を眺め、
スカラシップの発表までは時間があったので、
データ整理などをして時間を潰す。午後3時過ぎ、
スカラシップ生2名が発表される。再び写真撮影。
夕方の帰宅ラッシュの前にサーキットを辞去し、
帰宅の途につく。復路も往路と同じ経路を取る。
2日間で1000km走行は辛い。トラックの運転手
さんにはなれないと思う。テープ起こしをしないと
いけないのだが疲れて、夕飯もそこそこに寝る。
9月1日
昨日までの取材疲れで身体はマトモに機能せず。
それでも最低限の原稿書きだけはこなしておく。
夕方からは都内・青山で打ち合わせ。サクサクと
片付けると夕飯のお誘いを受ける。5人から2人が
減って、一行3人はタクシーで赤坂の寿司屋さん。
いろいろとご馳走さまでした&お世話さまでした。
帰宅ラッシュの電車に乗らなくて済んだことが、
この日で最も嬉しかったことです。明日から鈴鹿に
行かなければ行かない身には、すごく有難かった。
9月2日
身体がボロボロでなければ昼ごろには現地に入り、
いろいろと見学したかったSRS-Fの選考会ですが、
身体も精神も疲れていたので昼過ぎに出発する。
もっとも、首都高速はあの事故で渋滞しているし。
結局、関越道→圏央道→中央道→伊勢湾岸→
東海環状道→伊勢湾岸道→東名阪道という経路で
鈴鹿に向かうことにした。いつもなら首都高→東名
→伊勢湾岸→東名阪という経路だが、それよりも
50kmほど走行距離は長い。とうぜん料金も高く
なっていることだろう。一方で時間的には1時間弱、
中央道経由のほうが余計に掛かったが、これは
昼間の走行だったので、いつもの東名経由と比較
しても仕方ないだろう。ともかく、交通量は中央道の
ほうが圧倒的に少ないので(大型トラックに進路を
邪魔されないわけじゃないけれど頻度は少ない)、
精神的なストレスは少ないと言えるだろう。夕方に
ホテルにチェックイン。メールチェックや取材の準備
などをこなし、近所のファミリーレストランで夕飯を
摂り、ウイスキーをチビチビやってバタンキュー。
8月31日
今日も早起き。御殿場のいつものジャンクフード屋さんで
いつものメニューを仕入れて富士へ。久しぶりに天気は
いい。夜まで持てばいいけど。普段はどーでもいいからと
見ないFニッポンのフリー走行にさえ間に合ってしまった。
今日、午前中は矢継ぎ早に仕事が入っているので気が
抜けない。あっちを取材して、こっちを取材して、さらには
懸案のインタビュー。重い口を開いてもらうのは苦労する。
なんとかこれを片付けて、現場の原稿書き。昼過ぎには
どうにか納品して、あとはそれほど急ぎではない取材を
こなし、中途半端になっていた打ち合わせなどをこなす。
んで、Fニッポン第7戦のレース1。非常に面白かったです。
レース後、「抜群のコントロールに感動した」と小暮選手に
告げたら、ボソリと言った。「ブレーキがヒートしていたから
あんなに体勢を崩してしまっただけで、クルマが完璧なら
あんなに体勢を崩さずに一発で抜けるような速度だった」
とか。「松田選手を抜いたこともぜんぜん嬉しくない」とか。
今季、結果や成績では芳しくない小暮選手ですけれど、
それでもあのコントロール能力は秀逸。最終戦の菅生が
楽しみ。んで、一方の松田選手。菅生に懸ける意気込み、
小暮選手に対するライバル心を露にしていて楽しみです。
あ、レース2。松浦選手が優勝です。複雑な心境でしょう。
でもさ、あの時刻からレースを始めて成立させようなんて
主催者というか運営側は何を考えているんだ。アホです。
せめてSC走行前に中止にするか、SC走行を2周完了前に
中断→レース不成立にするとか、そういう判断はなかった
のかねえ。結局は戦わないで優勝してしまうドライバーを
生み出してしまったわけだし、それでなんだかんだ理由を
つけ今回も(前は2006年の開幕戦だっけ?)暫定表彰式、
さらには記者会見をやらない(レース2のことです)しさあ、
JAFの罰則なき規則のせいもあるけれどさあ、それなら
暫定表彰式も記者会見も最初から規則で必ずやるように
しておかなけれいいじゃないかと思った次第。2レース制、
それはいいけれどリバースグリッドは止めたほうがいい、
こんなおかしな運営をしてしまう可能性があるのならね。
運営側の想像力の欠如には久しぶりにあきれましたわ。
ちゃんと規則は守りましょうよー。ということで、08年の
Fニッポン第7戦は09年スーパーGT崩壊の前に崩壊して
しまいました。モロモロ終了後、富士は土砂降りになって
駐車場にクルマを取りに行くのもやっかいなほど。何とか
取材仲間の尽力で自分のクルマに乗り込み、富士を離れ、
御殿場に入ったら雨は小ぶり。路面もあまり濡れていない。
東名高速も一部区間を除いてぜんぜん雨が降っていない。
首都高5号線の渋滞もそれほどではなく、帰宅できました。
8月30日
朝一番のセッションに間に合うよう、NHKの体操が
始まる時刻に早起き。昨夜の夕飯でもあった千楽の
カツサンドの残りを一切れだけ食べ、コーヒーを飲み、
シャワーを浴びて、身支度を整えた。最近の富士詣で
では御殿場に泊まることが多かったけれど、今回は
久しぶりの沼津なのでやはり少し遠く感じる。まあ、
レース関係者の皆様方と顔を合わせなくて済むので
こっちのほうが気楽ではある。富士に着いたら暑い。
やはり半ズボンが正解だったかなあ? とはいえ、
メディアセンターは冷房を利かせすぎなのでこれで
十分かもしれない。朝食はいつものジャンクフード
ではなく、カツサンドの残りとコーヒーで済ませる。
安くはないけど美味い。某氏のインタビュー取材は
明日ということで落ち着いた。いつもどおり土曜日は
朝からアクセル全開。次々に予選や決勝が行われ、
その合間に打ち合わせや原稿書きがあるものだから、
気が抜けないことこのうえなし。記者会見への出席も
あるし、完全にオーバーレブ。なんとか乗り切ったら、
もう夜の20時近く。某誌の面々と沼津港のお寿司屋
さんに行く約束も守れず。結局、同じ沼津泊まりの
O氏とホテルの下の和食屋さんで、簡単に済ませる。
いつもいつもご馳走さまです。コンビニエンスストアへ
寄っていろいろと仕入れてホテルへ。ウイスキーを
チビチビと味わいながら、いつの間にかバタンキュー。

08年全日本F3王者となったカルロくん